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原子・分子過程データを基盤とした科学の最前線

プラズマ中の多価イオンからの光情報を読み解く

未来のエネルギー源として、重水素と三重水素を燃料とした核融合炉の開発が進められています。核融合炉の中心部では、重水素と三重水素の核融合反応を効率よく起こすために1億度もの高温状態を生成・維持する必要があります。このような超高温環境では、水素はおろか、炉内に微量ながら存在する不純物元素もプラズマ状態(原子核と電子がバラバラになった物質第4の状態)となっています。鉄などの重元素の場合には、原子内部の電子が過剰に不足した状態「多価イオン」が生成されます。このような重元素の多価イオンは、高温プラズマ中でも完全には電離していないため、プラズマ中の高エネルギー電子と衝突すると強い電磁波(X線など)を放出します。核融合炉では、高温のプラズマが強力な磁場によって閉じ込められていますが、その内部に重元素の多価イオンが蓄積するとプラズマの熱エネルギーが電磁波となって外に逃げてしまい、高温状態を維持できなくなるという放射冷却と呼ばれる問題があります。したがって、プラズマ中の不純物多価イオンの挙動を明らかにすることが、超高温の磁場閉じ込め核融合プラズマを実現するカギを握っています。
不純物イオンは、元素の種類やイオン価数によってさまざまな波長の光を放出します。また、光を分光して得られるスペクトルは、プラズマの温度や密度によっても変化します。これらの間の関係を定量的に理解するためには、原子固有のエネルギー準位、光放射確率、プラズマ中の荷電粒子との衝突断面積などの情報が必要です。ですが、多価イオンの原子構造やプラズマ中での衝突・発光過程の詳細については未だ多くが不明のままで、それ自体が興味深い物理研究の対象です。当研究室では、核融合科学研究所の大型ヘリカル装置(LHD電子ビームイオントラップ(EBITで生成された重元素多価イオンが放出する光のスペクトルを観測・分析することによって、プラズマ中の重元素多価イオンの原子過程の研究を行っています。また、天文学分野との連携で、人工衛星による太陽コロナの観測で用いられる鉄多価イオンの発光線スペクトルに関する原子過程データの評価、プラズマ診断モデルの検証も行っています。

(参考)
「電子ビームイオントラップを用いた多価イオン研究:精密分光実験と低速多価イオンと固体表面との相互作用の観察」日本物理学会誌 57巻(2002)12号
「核融合・天体プラズマの多価イオン原子過程研究」原子衝突学会誌しょうとつ 12巻(2015)6号


ダメージを受けた材料素過程の第一原理シミュレーション  

核融合炉では、プラズマの高熱負荷に曝される機器の表面や、核融合反応で生じるエネルギーを熱として回収するための液体金属の流動配管のセラミック被覆などに、それぞれの機能に適した先進材料が用いられます。例えば、タングステンは元素の中で最も高融点で熱伝導もよく、プラズマと接する機器の表面に使用できる材料として注目されています。また、セラミック被覆では、液体金属による腐食が少なく、燃料であるトリチウムの回収性の点でも優れている酸化エルビウムが候補材料となっています。このような先進材料を核融合炉に適用するためには、プラズマや高エネルギー粒子の照射によるダメージを受けた場合、これらの材料特性がどこまで維持できるのかを予測することが課題となっています。また、プラズマに面した炉内機器材料では、表面の損耗などによって多様な粒子種が放出され、不純物となってプラズマ内部へと侵入したり、燃料である水素同位体の一部が材料内に滞留しますので、炉心プラズマの粒子組成や性能への影響を評価することも課題となっています。これらの非常に複雑で時空間的にマルチスケールの物理現象の理解においても、その要素過程として原子・分子過程は重要な役割をもちます。当研究室では、プラズマや高エネルギー粒子照射を受けて損傷した材料表面の特性変化や原子・分子過程について、第一原理(量子力学)に基づいた大規模計算機シミュレーションや、材料への高強度イオンビーム照射実験による基礎研究を行っています。


重元素原子過程データの構築 ~重力波天体観測との連携研究~

鉄より重い元素は、原子核が中性子を取り込んでベータ崩壊(電子放出)することにより形成されます。このうち、ベータ崩壊するよりも速く中性子を大量に取り込み、中性子過剰な不安定核を経てベータ崩壊する場合をr (rapid)プロセスと呼びます。宇宙に存在するプラチナや金、またレアアースなどの重元素の大部分は、このrプロセスで形成されたと考えられています。およそ13000万年前、地球からはるか遠く離れた宇宙でふたつの中性子星が合体して生じた重力波が、レーザー干渉計重力波観測所(LIGO)によって2017817日に検出されました。そのとき、中性子星合体により放出された物質からの電磁波の放射(キロノバと呼ばれています)も同時に観測されました。そして、観測されたキロノバの光解析から、放出物質中でのrプロセス元素の存在を証明できないだろうかと、現在天文学の分野で非常に高い関心が持たれています。そのためには、rプロセスで形成される重元素の光吸収に関する原子過程データが必要ですが、世界基準で広く用いられているものが極めて少ないという問題があります。そこで、当研究室では、rプロセス元素の原子過程データの大規模計算と精度評価などを天文学分野との連携によって進めています
(参考)
「宇宙の重元素の起源に迫る光の分析を可能に-最高精度の原子過程データを計算-」NIFSニュース (2019)247号


当研究室の所在地

大学共同利用機関法人
自然科学研究機構 核融合科学研究所
研究部 プラズマ量子プロセスユニット
〒509-5292 岐阜県土岐市下石町322-6